大家可能已經聽膩了關於刀具的話題,所以偶爾也講點不一樣的經驗吧,這是關於一位經常依強制罪被逮捕的男性的故事。他的大半生都在進出監獄中度過,有強盜、恐嚇、妨礙執行公務等前科,聽說年輕時遇到逮捕會頑強抵抗。
我申請逮捕令時,他已經60好幾了。我很想說年紀大的人就算大暴走也不至於太糟吧,但是我去逮捕時,遇過好幾次必須和拿著菜刀的嫌疑人對抗的經驗,所以即使對方年紀大了,也絕不大意。
我去到他家時,他只是喃喃地抱怨,沒有暴衝,可是我提示逮捕令、並念給他聽時,他一邊說「去吃屎吧!」一邊在我眼前脫下褲子,開始大起便來。他企圖用那坨屎來攻擊我,但在那之前就先被我給壓制住了。雖然他已經上了年紀,但我也絕不手下留情,因為是他自作自受。可是我必須在充滿穢物氣味的空間裡搜索證物,所以精神上是有點受到驚嚇的。
看到他的行動,我想起了我最喜歡的老師曾經說過的話:非得抵抗不可時,不只是武術,屎尿什麼的也都要用。雖然那時我覺得沒有一位武術家會這麼做吧,但仍然記在腦袋中,而實際遇到時的心情真是難以言喻。我本身大概這一輩子都不會遇到這麼作的機會,但突然想到世間上也有這種人,所以寫出來和大家分享。
刃物とかの話ばかりじゃ飽きてくるので、たまには変わり種の話でも。ある男を強要罪で通常逮捕したときの話だ。彼は、人生の大半を刑務所と娑婆の往復で過ごしてきた。強盗や恐喝、公務執行妨害などの前科も多くあり、若いころは、逮捕するとき相当暴れたということもわかっている。
私が逮捕状を請求した時は、すでに彼は60代だった。暴れても大したことはないだろうと言いたいところだが、逮捕しに行ったら包丁持った相手と乱闘なんていうのは何度もあったので、年寄り相手でも油断はしないようにしていた。家に乗り込んだら、グダグダ文句は言うものの暴れはしない。だが、逮捕状を示して、読み聞かせていたら、彼は「くそ喰らえ」と言いながら、私の目の前でズボンを突然ぬいで、故意的にうんこをしたのだ。すぐさま、そのうんこを持とうとしたが、その前に制圧した。ご老体だが、当然手加減はしない、自業自得である。しかし、私も汚物のにおいの中、そこでガサ入れもやったので、精神的に軽くダメージを食らった。
目前分類:弘武会的話 (125)
- Jun 17 Tue 2014 13:01
這是關於一位經常依強制罪被逮捕的男性的故事。
- Jun 16 Mon 2014 10:54
空手奪白刃
日本武道好像到幾十年前為止,有很多人真的相信能夠空手奪白刃。現在雖然相信的人不多,但是用兩手去夾住、抵擋揮舞下來的刀具,手不可能毫髮無傷吧。
這段影片可以確認的是,兩手能夾住劍,是因為劍有一瞬間停了下來。
徒手壓制刀具的技巧裡有很多是不可能實現的,我想過其理由這些技巧可能是憑空想像出來的。
我曾經有好幾次壓制過手持日本刀抵抗的歹徒,但都是利用長杖或刺股(鎮暴叉)。所以回想當時的經驗,想要徒手壓制手持日本刀的歹徒,除非兩人之間的實力相差很大,否則可能無法全身而退。
日本武道でも数十年前までは、真剣白刃取りができると真剣に信じている人が多かったようだ。
- Jun 12 Thu 2014 12:28
兵器道
我常提到兵器道,因為找到了類似我想做的影片,所以介紹給大家。影片裡的是銃劍對短劍。兵器道使用的會比短劍稍長,規格也類似警棍,但會有銃劍對警棍的比賽。規則和銃劍道不同,不只有刺擊,也承認銃劍尖端的打擊、徒手打擊技、摔技、利用槍托的打擊等。
兵器道目前計畫使用「半棒」、「銃劍」、「警棍」、「長杖」、「拐子」、「短刀」,之後配合普及度,也可能增加薙刀和槍。武器術加上打擊技、摔技等技巧之後,武器的使用方法將更具實戰性,但主要以逮捕術為基礎。此外,不只相同的武器可以對戰,長杖對短刀、拐子對銃劍等,基本上可以選擇自己喜歡的武器,加上有短刀,也能學到對抗刀具的技法。我現在正在指導的安全兵器劍術,在提倡兵器道的同時,也打算加入打擊、團體戰等更接近實戰的技法。如此一來,就能在比賽中重現團體戰武術的技法吧。
因為必須要像劍道一樣,每個人都要準備自己的護具和武器,一開始可能參加的人數不多。但是兵器道提高了日本警察或軍隊逮捕術、銃劍道的實戰性,我相信總有一天會獲得大家的認同。我的願望是兵器道能像劍道一樣普及全世界,明年希望能達到一定的參加人數,成立正式的協會組織。
私はよく兵器道兵器道とつぶやいていますが、私がやろうとしているのに近い動画を見つけたのでまた紹介します。今日の動画は、銃剣対短剣です。兵器道では短剣より少し長い、警棒仕様の物を使いますが、銃剣対警棒という試合を採用します。銃剣道とルールの違う点は、突きだけではなく、銃剣の先端の打撃を認めたこと、素手の打撃技や投げ技などが使えることと、銃床の打撃も採用するところです。兵器道は「半棒」「銃剣」「警棒」「杖」「トンファー」「短刀」を採用する計画でいます。最初は、これらの武器だけでと考えていますが、普及の度合いによっては、薙刀と槍を検討しています。武器術に打撃や投げ技などが加わることによって、武器をより実戦的に扱えるようにすることを目的としていますが、基本は逮捕術がベースとなっています。同じ武器同士だけで戦うのではなく、杖対短刀、トンファー対銃剣など、自分の好きな武器で戦うということを基盤とし、短刀も採用しているため、刃物と戦う技法も習得することができます。また、今指導している安全兵器剣術も、兵器道提唱と同時に、打撃や組み討ちありの真剣勝負に近い実戦剣術も合わせて指導する考えでいます。これで、合戦武術の技法が試合で再現できることになるでしょう。
剣道のように、個人で防具と武器を準備せねばならないため、賛同して集まる人は、最初は少ないと思います。しかし、本来日本の警察や軍隊に採用されていた逮捕術や銃剣道などを、さらに実戦性を高めたものが兵器道であり、実用性はいずれ評価されることと信じております。私の祈願は、兵器道を剣道のように普及させ、世界中に広めたいというところにあります。来年本格的に協会を作るとともに、賛同者を集めて、産声を上げられるように少しづつ準備を進めています。
- Jun 11 Wed 2014 09:53
對抗刀具的練習
有人問我能做些什麼對抗刀具的練習,我就分享一下我的經驗和想法。
首先練習動作都固定好的假設練習,同時學習施展技巧的方法和短刀的使用方法。接下來,請對方利用橡膠刀或木刀實際真正地砍或刺,讓我方自由發揮遇到真正攻擊時該如何因應,這樣不但能讓我方了解如何能在不受傷的狀態下動作,也能培養反射神經。有很多地方不太重視這個練習,但我覺得很重要。最後為了要抓住施展踢技卻不被刀具所傷的感覺,需要利用比賽型態來練習。我認為這三個階段的練習都很重要。
但是就算經過了徹底的鍛鍊,想要毫髮無傷地制伏持刀歹徒的成功率大概只有二、三成,大家可以了解徒手制伏持刀歹徒有多困難了吧,那些只做過假設練習的人,想要制伏對方更是難上加難,因為想要歹徒的攻擊和假設練習時的動作其實是有差異的。假設練習因為動作都是固定的,任何人都能學得會,但最恐怖的是讓學員誤會只要學會這個就能對抗刀具,這樣的誤解可能會讓學員實際遇到持刀歹徒時反而丟掉了性命。
対刃物は何を練習すればいいのという質問があったので、私の経験と考えについて話します。以前話したように、まずは、決まった動きで刃物の攻撃に対して技を仕掛ける想定訓練をやって、技の掛け方を学ぶとともに短刀の使い方を学ぶ。
次に、ゴム製や木製のナイフを使って実際に本気で自由に斬ったり突いたりする攻撃に対応する自由練習をして、自分がどれぐらい無傷で動けるのかを理解し、かつ反射神経を養う。これをおろそかにしているところも多いが、これがかなり重要で、実際自分の動きでは刃物に対処できない現実を知るのもこの練習となる。最後は、刃物に切られずに蹴ったりする感覚をつかむため、試合形式で訓練する必要があり、三段階の訓練が重要になる。
だがここまでやったとしても、無傷で勝てる可能性はよっぽど修業しても2割から3割ぐらいだろうと思う。徹底して鍛えて制圧する技法を習得しても、たった3割程度しか刃物相手に素手で勝つのは難しいということだ。もし想定訓練しかやらなかったとすれば、刃物相手に素手で勝つのはほぼ無理だろう。殺そうとする者の攻撃と、想定訓練にはあまりにも実際との動きに差があるからだ。だが一番怖いのは想定訓練は、決まった動きなので、誰でもできるようになるが、たったこれだけで実際に刃物に対抗できると勘違いさせてしまう。この錯覚が対刃物の場合は命取りとなる。
- Jun 10 Tue 2014 09:24
咬人或抓人
實戰上運用關節技或摔技時,要注意有很多傢伙會咬人或抓人。可能會進行咬或抓假設訓練的人不多吧,但事實上沒學過格鬥技的人在不得已的情況下,通常會咬人或抓人。雖然打鬥時,會格鬥技的傢伙挺麻煩的,但會咬人的傢伙也不惶多讓,甚至可以說咬人的傢伙更討厭。容易感情用事、暴動的人通常生活環境不太好,也可能患有傳染性疾病,也就是說可能會被他傳染疾病,所以被咬不只是痛而已,一旦考慮到後續的問題,請務必注意千萬不要被咬到。
就算是格鬥技很強的人如果被咬了,可能會因為痛和不預期的攻擊而感到困惑,甚至停下動作。例如我有一位柔道很厲害的前輩因為手指頭被咬而停下動作時,反而被對方痛毆而受傷。我則是把對方摔出去之後,被對方隔著衣服咬住我的小腿,雖然隔著衣服被咬不會痛到發出聲音,但就算穿著衣服也不能大意。
一旦動作停了下來,就很容易受到下一波的攻擊。此外,如果臉部被抓了,眼睛也可能受傷,很容易變成一種無防備的狀態。雖然這樣的攻擊很像小孩或動物打架,一般人會覺得不入流,但其實戰性不容小覷。所以三不五時可以假設被抓或被咬的情況,研究、練習如何應對,萬一被奇怪的傢伙襲擊時,人身安全也多了一層保障。
実戦で関節技や投げ技を使おうとすると、かみつく奴やひっかく奴が結構多いので、注意が必要となる。かみつきやひっかきを想定して訓練している人はあまり多くないだろう。だが、実際のところ、格闘技をやっていない人間は、とっさのときにかみつきやひっかきを使う奴がとても多い。戦うとき、格闘技の技術がある奴もやっかいだが、かみついてくる奴もやっかいだ。むしろかみつく奴の方がやっかいだろう。なぜかというと、感情の赴くままに暴れる奴というのは、生活環境の悪い者が多く、伝染系の病気を持っている可能性があるからだ。つまり、病気をうつされる可能性がある。かみつきは痛いというだけでなく、後々のことを考えて絶対に喰らわないように心がけたい。
- Jun 09 Mon 2014 09:33
對抗刀具的假設練習
對抗刀具的假設練習通常以如果對方刺過來了,我方該怎麼做的練習為主,雖然這樣的練習對學習技巧是必要的,但實戰上無法直接運用,我方也不可能一直等待對方刺過來。我大部分是在對方刺過來之前,先施展前踢或踢對方下體。如果一次攻擊無法達到預期的效果,但對方被踢之後動作會變遲緩,所以我可以趁機抓住對方持刀的手施展關節技或摔技。如果一直採取等對方先刺過來才動作的練習,思考和動作就會變成等待對方刺過來的模式,這麼一來,被刺的風險也會變高。
我研究過前踢和踢下體相當有效。不熟練的踢技如果被對方擋了下來,踢出去的腳可能被砍傷,所以需要大量的練習,不過比起手技,踢技對抗刀具的可能性較高。我曾經有好幾次在歹徒大揮刀具時不小心踢了出去,衣服和鞋子被砍到,所以我試著改善踢法和施展踢技的安全時機。
以對抗刀具為前提的踢技需要利用如手臂的動作、講話、丟東西等分散對方的注意力
因為被捅一刀後可能就嗚呼哀哉,所以需要特殊的技巧讓我方位於有利的立場,當然距離的遠近有不同。正在練習對抗刀具的朋友們,請試著練習一些在對方砍過來之前的踢法,相信在不得已的時候能派上用場,謹把我的經驗提供給大家參考。
我也提倡兵器道,未來也預定舉辦短刀比賽,所以也考慮教導以上所說的訓練方法。
対刃物の想定訓練は、突いてきたら何かをするという練習が主体になりがちとなる。技を覚えるためには、この練習も必要だが、実戦でそのまま使えるわけではないし、実戦では突いてくるのを待っていられない。私は突かれる前に、前蹴りか金的蹴りを使うことが多かった。一撃で期待したダメージとならないときもあるが、蹴られて動きが鈍くなったときすぐに、刃物を持った腕を取って関節技や投げ技を仕掛けることが多い。相手の突きを待って技をかける練習に終始すると、相手に突かれるのを待つ思考と動きになってしまう。そうなると、殺されるリスクが高くなる。
- Jun 06 Fri 2014 09:25
我習慣假設很多情況
我習慣假設很多情況,例如回家時被人跟蹤、被夥伴背叛時該怎麼辦?如何找出周遭的間諜?等等,模擬很多關於安全的情況,才能保護好自己。事實上,被跟蹤、被周遭的人洩漏情報等等是常有的事,所以這都是非不得已的。
一般人不會遇到這些情況,不需要做這些假設。但是有人出去旅行時,會想像在住宿的飯店如何逃難吧?每次旅行,我是一定會做的,像這樣假設很多情況已經成為我的習慣了。所以不要只想著萬一發生隨機殺人事件,被襲擊了怎麼辦?還要從各種角度去假設,例如誤報等等。
日本也有「有備無患」這句成語,重點不在於發生事情時,該怎麼什麼樣的工具,而是日常生活中就要培養冷靜應對的心理。我看到有人癲癇發作,使得其他乘客陷入恐慌的新聞,不禁想到這句成語。如果冷靜分析稀少的資訊並做出應對,或許可以試試這種事前假設的習慣。
私は、いろんなことで想定をする習慣がある。帰るとき尾行されてたらどうやって巻くか、協力者が寝返らないようにどうすべきか、身内のスパイをどうやってあぶりだすかなど、自分の安全にかかわることについては、様々なシュミレーションをして身を守ってきた。まあ実際尾行されることや身内の情報漏えいなんかよくあったので、やらざるを得なかったのだが。
こんな環境に普通の人は置かれないので、そこまでやる必要はないが、たとえば旅行に行って泊るホテルの避難の仕方を想定した人はいるだろうか。私は旅行に行くと必ずやる。このようにいろんなことで想定して、備える習慣がついている。通り魔事件が起きれば、ただ襲われたらどうするかだけではなく、誤報判断など、いろんな角度から想定するのは言うまでもない。
備えあれば憂いなしということわざが日本にはある。重要なのは何かあったら、道具を準備するだけで終わるのではなく、冷静に対応できるように精神的に備えることが極めて大事だということだ。癲癇の人の発作に、パニックになった乗客のニュースを見て、ふとこのことわざを思い出した。目の前の少ない情報から冷静に分析して対応するには、想定の習慣を持つのも悪くない。
- Jun 05 Thu 2014 09:21
如何面對持刀歹徒。
已經講過很多面對刀具的經驗了,為了不要被誤會我鼓勵大家反抗,所以今天要講一下如何面對持刀歹徒。一般人並沒有壓制、排除持刀歹徒的義務,而且和警察不同,逃跑是被容許的。此外,一般人沒有受過壓制持刀歹徒的訓練,也沒有持有能和歹徒對抗的武器,更沒有和對抗刀具的經驗,加上恐怖和緊張的最壞狀態,根本是處於非常不利的情況。既然打贏的機率很低,實在沒有必要積極地挑戰,最優先該做的是逃跑。最重要的是逃跑後要通報警察,但假設有朋友、家人在沒辦法逃、沒後路可逃等等,才需要對抗歹徒。我希望大家只有在不得已、需要對抗的狀況下,再來嘗試我分享給大家的經驗。千萬不要明明有逃跑的機會,卻因為學過武術,想要逞英雄,企圖徒手對抗歹徒,也不要恐懼到呆呆站著而忘了逃跑。如果能跑,希望大家儘快逃跑。
対刃物の経験についてあれこれ述べているが、戦うことを奨励していると誤解されたくないため、今日は刃物を持つ者がいたらどうすべきか話したい。一般人は、刃物を持って暴れる人間を制圧排除する義務はない。警察官と違って逃げると言う選択肢が許されているのだ。そして、警察官と違い、対刃物の制圧技法を訓練しているわけでなく、対抗できる武器も持っておらず、また刃物と戦った経験もない。しかも恐怖と緊張で、最悪のコンディションであり、戦うには極めて不利である。勝ち目は極めて薄い戦いとなり、わざわざ積極的に挑む必要は一切なく、逃げることが最優先される。
逃げて、警察に通報する。これがもっとも重要で、最善を尽くしてやるべきことである。だが、逃げられない状況も時としてあるだろう。友達や家族が危険にさらされていて逃げられないとか、退路を断たれたとか。そういうときに初めて抵抗するのだ。私の経験談はそういうときのために覚えておいてほしいと思って紹介しているのだ。逃げる余裕があるのに、武術をやってるからかっこよく倒してやるぜなどと素手で挑んではいけないし、恐怖で立ちすくんで逃げるのを忘れてもいけない。逃げる選択肢が可能なら、速やかに逃げることを選択してほしい。
- Jun 04 Wed 2014 10:23
皮帶對抗的話題。
今天想談談用皮帶對抗的話題。以前遇過揮舞皮帶企圖抵抗的嫌疑人,他用裝有皮帶頭那端用力地揮打過來,我企圖抵擋,拿著警棍的手臂卻被打到。雖然會痛,但我的動作不會因此停頓,警棍也穩穩地拿在手上。此外,皮帶打到目標後,到準備好下一個攻擊需要一些時間,所以只用皮帶攻擊時,很容易被趁虛而入反遭攻擊。
我曾經被皮帶打到過,但是我沒有因此停下動作,反而趁虛而入壓制了對方。所以從我的經驗來看,除非能造成劇痛,否則被皮帶打到動作不會因此停頓,武器也不會鬆手,也不會痛到在地上打滾。在這樣的情況下,如果換成我是持刀歹徒,拿皮帶攻擊的人大概會很慘吧。也就是說,拿皮帶攻擊時,不要想能停止對方動作,或是讓對方鬆掉武器,如果能準確地打到眼睛的話,情況可能不一樣,但一般來說,皮帶頂多只有箝制或嚇阻作用而已。揮打皮帶時的聲音容易讓人誤會其威力強大,實際使用起來的結果就如我所說的,希望提供給大家參考。
對付持刀歹徒時,如果沒有持有相當的武器,當然要利用周遭的皮帶、鞋子等物品。但我想說的是不能誤解各項工具的作用,如果用來嚇阻歹徒的話,皮帶是有效果的。
ベルトで戦うということについて今日は話したい。以前ベルトを振り回して抵抗する被疑者がいた。金具のついているほうで思いっきり打ってきたので、防御したら警棒を持ってる手の二の腕を打たれたが、痛いだけで動きを止めるほどのダメージは受けないし、警棒も落とさなかった。べルトで一発当てると次の攻撃まで準備動作に時間がかかる。ベルトでしか攻撃しないでいると、突っ込まれてやられてしまう。私はベルトの攻撃を喰らったが、動きを止めず突っ込んで相手を制圧した。私の経験を基準にしたが、よっぽどの痛がりじゃなければ、ベルトで打たれても、動きが止まるとか、武器を落とすとか、痛いとのたうちまわることはないだろう。
この状況で、私を刃物で襲う者に置き換えたら、悲劇が待っていたということになる。つまり、ベルトの攻撃は、相手の動きを止めたり、刃物を落とすようなダメージを期待してはいけないということだ。けん制や威嚇程度の効果しかないと考えたほうがいいだろう。正確に目を狙って当てれるようになれば話は別だが。ベルトはいい音がするので、すごく威力があると錯覚してしまう。だが、実戦で使われるとこういう結果だったので参考にされたい。
刃物相手に、武器を持っていなければベルトでも靴でも身の回りの物をなんでも使う必要があるのはもちろんだが、私が言いたいのは、使用する道具の効果を勘違いしてはいけないということだ。威嚇に使えるならそれはそれで利用する価値はある。
- Jun 03 Tue 2014 10:04
護身術和壓制技法的差別
萬一不得已要和持刀歹徒對抗時,請注意有計畫犯罪的歹徒可能還有第二把刀具。雖然訴訟時,第二把刀具的計畫性或具體殺意會成為雙方爭論的焦點,但是壓制歹徒時,預藏的刀具可是非常棘手的。
當你以為順利地奪下對方的刀具,稍微鬆一口氣的瞬間,可能就被預藏的刀具給刺中了。因為我向來很注意不要被第二把刀具刺傷,所以沒有因此受傷的經驗,但我的同事曾經因為疏忽使得腳被砍傷。好幾人協力壓制犯人時,歹徒不容易拿出預藏的刀具傷人,但是如果要假設實戰情況時,一定要以對方藏有第二把刀具為前提來加以訓練。
假設用關節技壓制對方,不要光想奪走對方武器,而是要儘快讓對方趴在地上,用膝蓋頂住對方的背,並將整個人的重量壓在他的身上,讓他無法反抗,不然就有可能會被預藏的刀具殺傷。此外,摔倒對方時也一樣,假設對方被摔成仰躺的情況,先踢臉部或側腹,然後馬上扭轉他的手臂讓他變成趴在地上。摔倒對方、奪走武器還不算結束,因為我們不知道對方有沒有其他預藏的刀具,所以一定要以對方有第二把刀具為前提來對抗。萬一真的遇到一對一壓制持刀歹徒的狀況時,真的希望大家能注意其他預藏的刀具。
刃物を持っている人間と、万が一戦う場合、計画的犯は、予備の刃物を持っている可能性が高いということに注意する必要がある。裁判のときには、この点を計画性や具体的な殺意の論点として争うが、制圧するときは予備の刃物がすごくやっかいなのだ。
うまく刃物を取り上げたと思い、気が緩んだ瞬間に、予備の刃物で刺されるケースがある。私は予備の刃物で負傷しないよう注意を払ってきたので、やられたことはないが、同僚は油断して予備の刃物で足を斬られたことがあった。数人で協力して抑えつけるときは、予備の刃物でやられるケースは起きにくいが、実戦をきちんと想定するなら、予備の刃物で反撃されることを前提にした技法を訓練する必要がある。
関節技で仕留めるなら、武器を取り上げることに気をとらわれるのではなく、素早く相手をうつぶせにして、相手の背に膝を乗せ、体重をかけて抵抗できない形につなげないと、予備の刃物の抵抗を受ける可能性が高くなる。また、相手を投げたり転ばした場合も同様に、投げて相手が仰向けになったら、顔面や脇腹を蹴り、すぐに腕をねじりながら、うつぶせにさせて抑えつけることが必至となる。投げた後、手に持ってる刃物を取り上げたらそれで終わりではないのだ。戦ってる最中には、予備の刃物を持っているかなどわからないので、予備の刃物を持っていることを前提にして戦うことは絶対条件となる。万が一1対1で刃物を持つ者を制圧しなければならなくなったら、予備の刃物には本当に気をつけてほしい。
- Jun 02 Mon 2014 14:21
被刺經驗得到的教訓
以前曾經接到某位父親通報自己的兒子在家裡大鬧,我去到現場拉開大門的瞬間,對方早就等在那裡,我當場就被刺了。幸好有穿防刃衣,刀子才沒有貫穿,但我得到了一個很好的教訓:在對方早就做好準備的時候,如果我毫無警戒,不論我受過多少訓練也無法當場應對,對方只要一瞬間就能簡單刺穿我的身體。
從這個教訓開始,每當我準備開門時,一定是先做好隨時能反擊的姿態。也不大開門戶,而是一邊觀察裡面的情況,一邊打開能隨時關上的縫隙,空著的手則做好能打人或防禦的準備動作。巡邏時,如果是對方來開門也一樣,一定是做好能反擊的警戒狀態。因為我也曾在巡邏時被襲擊,所以必須經常保持警戒。
雖然是很平常的開門方法,我從自身教訓中學到了心理準備和技法,如果大家能從其他有經驗的前輩那裡學到的話,表示大家都很幸運,因為有時候連警察學校或警察局的教官也不會教這些細節。如果要將親身經驗轉換成教訓的話,則需要有現場實戰經驗,光靠學習是不夠的。
等我升官後,再度派駐在派出所時,曾經接到某位女性通報他的兄長正在暴走。我和下屬一起趕赴現場,跑在前方的下屬沒等我的只是就先大開大門,差點被等在那裡的對方刺中,因為我趕緊用力關上大門,反而是對方的手被大門夾中,才救了我的下屬一條命。如果我沒記取以前的教訓,或許我的下屬可能就受傷了,所以從教訓中找出對策是非常重要的工作。雖然我原本是想說說對付刀具的實際例子,但是記取教訓是任何範疇都適用的關鍵吧。
昔、息子が自宅で大暴れしているという通報を受けて、通報者の自宅に行き、ドアを大きく開けた瞬間に相手が待ち構えていて腹を刺されたことがある。刺されたといっても、防刃衣をつけていたので貫通しなかったが、このことが私にとって非常に有意義な教訓をもたらすことになった。相手が待ち構えていた場合、自分が警戒していないと、いくら訓練していても全然対応できず、一瞬であっけなく簡単に刺されてしまうということも、このときによく理解した。
このことから得た教訓として、ドアを開けるときは、反撃できる体制で開けるようになった。ドアは大きく開けず、中の様子を観察しつつ、瞬時に閉められるようにし、片方の手は殴ったり防御できるように軽く構えておく。巡回連絡で相手がドアを開けてきたような場合でも、反撃できるように警戒するようになった。ここでは話を割愛するが、巡回連絡に行って、襲われたこともあるので、警戒心は常に必要だった。
- Jun 01 Sun 2014 15:50
6/1練習
- May 30 Fri 2014 12:40
粉末系滅火器的實用性。
今天想講有關於粉末系滅火器的實用性。開著贓車的黑道通常會在車裡放置小型的粉末系滅火器,因為一旦在車裡噴射,警方就無法採集到指紋等證據,很輕鬆就能消滅證據。此外,如果被警察盤問時,也能對著警察噴射,然後趁機逃跑。一般人被噴灑了粉末系滅火器,粉末會跑到眼睛造成暫時無法睜眼,吸入粉末也會造成呼吸困難。
我年輕時曾經太專注於車輛查驗,不小心被噴射了滅火器,這是非常痛苦的經驗。眼睛發炎了好幾天,醫生還警告我再嚴重一點的話甚至會失明。還好犯人只是為了逃跑,沒做更進一步的攻擊,但如果那時犯人想對我動手的話,我毫無反抗之力,結果一定很慘。
我沒有利用滅火器對抗刀具的經驗,但是從經驗來看,粉末系滅火器是可以當作壓制工具的。在對抗刀具的應用上,可以噴射對方的臉部,企圖遮蔽他的視線,然後用滅火器毆打他,或是攻擊他的急所。在噴射滅火器前先攻擊對方會給與對方攻擊的空檔,而且拿著滅火器會讓動作遲緩,反而容易被刺,所以不建議這麼做。首先請噴射滅火器,讓對方暫停下動作之後再攻擊。
另外,我無法回覆泡沫系或瓦斯系滅火器是否有相同的效果,如果是粉末系滅火器則可參考我建議的運用方法。捷運南勢角線電車上放置的是粉末系滅火器,如果遇到持刀歹徒,又逃不掉的情況下,大家可以考慮使用身邊的粉末系滅火器。
今日は、粉末系消火器の実用性について話したい。盗んだ車を運転するヤクザは、小型の粉末系消火器を車中に常備していることが多い。粉末系消火器を車の中に噴射すると、指紋などの証拠が採取できなくなり、楽に証拠隠滅ができるからだ。また、職務質問されると、警察官に向けて粉末系消火器を噴射して逃走する。粉末系消火器をかけられると、粉が目に入って目が見えなくなるし、粉を吸いこんで呼吸困難な状態になる。私は若いころ車両照会に集中して油断し、消火器噴射を喰らったことがあるが、かなりきつかった。数日間目の炎症が治らず、医者からはあと少しひどければ失明したかもと脅かされた。犯人たちは逃げたからそれ以上やられなかったが、もしあのときそのまま襲われていたら、抵抗できない状態だったので、ひどい結果になっていただろう。
刃物に対して、消火器で立ち向かったことはないので、今日は対刃物経験談と少し話が違うが、粉末系消火器は、万が一の時制圧の道具へと応用できることはやられた経験からわかっている。対刃物の実戦では、顔めがけて思いっきり噴射して視界をつぶしてから、消火器で殴るか、急所を攻撃するといいだろう。消火器を噴射する前に攻撃するのは、よっぽど隙がなければやめたほうがいい。消火器を持っていると動きが遅くなり、簡単に刺されるからだ。まずは消火器を浴びせて相手の動きを止めることが優先される。
なお、泡系消火器やガス系消火器で、同様の効果があるかは、経験がないので答えられない。粉末系の消火器なら、今言った対応法が使えるので、参考にしてもらえればと思う。MRT南勢角線電車に乗って消火器を見たら、粉末系消火器だった。刃物を持つ者がいて、逃げることができないというときは、粉末系消火器がそばにあったら使うということも考慮の1つとしてあげられるだろう。
- May 29 Thu 2014 09:43
被想殺人的歹徒叫出去的經驗。
今天要來講講被想殺人的歹徒叫出去的經驗。有人通報年輕人正在騷動,我到現場一看,卻沒半個人。稍微搜索了一下周遭,看到了一位歐吉桑。我問他有沒有看到騷動的人,他說沒看到,正想要繼續搜索時,發現這位歐吉桑臉泛紅、眼睛飄來飄去,冬天裡也滿身大汗,可是穿著打扮不像運動過後。而且他有很濃的體臭,又很瘦,講話也顛三倒四,卻沒有酒味,應該不是喝醉酒。加上他的眼睛布滿血絲,全身有太多奇怪的徵兆,可能是精神方面有問題,而且正處於興奮的狀態。因為覺得他很奇怪,所以不敢背對他,並採取警戒姿態。然後他突然拿出生魚片刀襲擊過來,因為我事先就察覺到不對勁,在被刺之前就奪下了他的刀,如果我沒警覺到的話,一旦我背對他,可能已經中刀了吧。順帶一提,原來通報的人就是這位歐吉桑。他很討厭警察,所以想要趁空檔刺殺警察。他沒有接受精神診療,反而自暴自棄,企圖殺警。
其實像這樣挖坑給警察跳,並趁機襲擊的歹徒還滿多的,如何察覺對方有異的感知度很重要。上回講到事先迴避奇怪的人,這次就介紹實際的例子給大家參考。當然也有隱藏得很好,讓你放鬆警戒的歹徒,如何看穿些微的徵兆,在被對方做掉之前先制伏他等等的經驗不少,往後會慢慢介紹給大家。
今日は、殺そうと思っている人間に呼び出された話。若者が大騒ぎしていると通報があり、現場に行ったら誰もいない。付近を検索したらおじさんがいた。騒いでいる奴を見なかったかと聞いたら見ていないという。検索に戻ろうと思ったが、このおじさん顔が紅潮して、目に落ち着きがないし、冬なのに汗をかいているが、運動してきたような服装ではない。おまけに据えた体臭がひどく、かなり痩せている。話し方は少しろれつが回らないが、酒のにおいがしないので、酔っているわけではない。おまけに目が血走っているて、多くの違和感を感じさせるサインを見せていた。ちょっと精神がアレな人なのか、それにしては、興奮のサインが多い。
こいつは、おかしいなと思ったので、背を見せずに警戒したら、突然懐から刺身包丁を出して襲いかかってきた。違和感を事前に感じていたので、刺される前に包丁を取り上げることができたが、もしも違和感を気にせず、背を見せたら刺されていただろう。ちなみに通報したのもこのおじさんだった。警察官が嫌いだったので、隙を見て刺し殺そうと考えていたそうだ。精神病院には通っていなかったが、自暴自棄になり、警察を殺してやろうと思っていた。このような罠を仕掛けて襲ってくる奴には結構遭遇した。
なので、違和感を感じる奴を見つけるアンテナは、非常に重要だ。前回話したおかしい奴を見極めて回避する話に関連するが、今回は見極める実例を話した。サインを隠し、油断させようとして襲ってきた者もいたが、かすかな兆候を見破りやられる前に制圧したことなど、たくさんの経験談があるが、思い出すたびに細かく書いていこうかと思う。
- May 28 Wed 2014 11:46
刃物VS刺股
以前介紹過刺股,這次想說一下刺股對抗刀具的經驗。以前執勤時,曾經有無數次在不弄傷持刀歹徒的狀態下壓制他的經驗,這都是拜刺股之福。基本的假想訓練是數人拿著刺股對抗一人持刀歹徒,進階訓練則是一人也能拿著刺股對抗歹徒,但是前提是前端的U字型被對方抓住了也能壓制對方,以及能施展出有力的刺擊。利用破壞對方重心的技巧可以得到和摔技相同的效果,先讓對方摔倒,再刺擊臉部或喉嚨等,就能給予對方嚴重的傷害。此外,也能故意讓對方抓住前端,趁他注意力集中在上面時踢他下體。
單獨一人對抗持刀歹徒時,刺股要優先瞄準對方下半身,例如膝蓋、小腿、腳踝等。對方很難防守往腳部來的刺擊,所以很容易攻擊,但是力道不夠大到讓對方摔倒,需要多加練習。被刺股刺中腳部摔倒時,很難做出受身,而且能讓腳踝受重傷,多次幾次讓對方摔倒,他可能會痛到走不動,也可能因此喪失鬥志。刺股技巧純熟之後,還能一邊保持和對方之間的距離,一邊展開攻擊,所以是非常有用的武器,但缺點是很難隨身攜帶。
在日本有學校、公共設施已經導入刺股,並定期舉辦訓練,警察當然也有採用也運用在實戰上。台灣今後或許也應該積極導入刺股,並接受訓練吧。
刺股は、以前紹介したが、今回は対刃物の経験を話したい。現職時代は、刺股のおかげで、刃物相手にも怪我をせずに制圧できたケースは数えきれない。基本的には、数人が刺股を持ち、1人に対して使うことを想定した訓練をして戦う。上級者になれば1人でも戦えるようになるが、先端のU字部分を相手に持たれても崩せることになることと、刺股で威力のある突きができるようになることが絶対条件となる。崩しの駆け引きを使うと、投げと同様の効果を得ることができて、相手を転ばせられる。そうすると、顔やのどを突けるので、大きなダメージを与えることができる。また、わざと先端を持たせて、意識を集中させている間に金的を蹴るということもできる。
- May 27 Tue 2014 09:27
觀察與迴避是比防身術更重要的課題
這個原本是要放在對抗刀具實務經驗談最後再說的,但是看到很多人似乎對防身術有所疑惑,所以想今天先跟大家分享。
觀察與迴避是比防身術更重要的課題,簡單來說就是察覺、遠離奇怪的傢伙。大家會懷疑做得到嗎?其實只要累積知識和經驗,大家都做得到。例如搭電車時,我都會觀察周遭的人物。香水、體臭、酒臭等味道很重的人、服裝打扮看起來怪怪的人、病態性很瘦的人、喃喃自語的人等等,一旦有這些怪怪的人靠近我們,就要多觀察注意。例如這次捷運事件的犯人,明顯有三白眼,其他還有眼尾往上吊、顴骨突出等都是面相上的注意重點。此外,眼睛沒有血絲、臉或耳朵沒有泛紅、沒有流很多汗、呼吸沒有紊亂等等身體情況也是注意重點。其他還有很多,但先點到為止。
總而言之,如果周遭有覺得奇怪的人,我都會儘量避開。不只是電車裡,所有人會聚集的地方,我都是這麼做。這是我整合了值勤實務經驗、面相學鑑定經驗以及心理學後的人類觀察學,所以只要認真學習這些注意重點,並多加累積經驗,每個人都能做得到。
在人多的電車裡,放空站著的時候,如果隔壁的人突然拿刀刺過來,一般情況是在你察覺之前,已經被刺了。所以如果能一開始就先察覺到哪個人不太對勁,就能避開這些風險。萬一遇到狀況時,與其選擇面對歹徒或趕快逃跑,事先避開或許是另一個選擇。
この話は、対刃物実践経験談の最後に話そうと思ったが、護身術であれこれ悩む人が多いので、今日話すことにした。護身術を習うよりもっと重要なものがある。それは人間観察と回避だ。簡単に言うと、おかしい奴を察知したら離れることだ。そんなことできるかよと思っただろう。実は経験と知識を積めばそれなりにできるようになる。例えば私は電車に乗るとき、周囲の人間を観察する。香水や体臭、酒臭などのにおいがきつい奴、服装のTPOに違和感のある奴、病的に痩せてる奴、独り言を言っている奴など、違和感を感じる人間が近くにいたら、もう少し観察するのだ。例えば今回のMRTの犯人のように、明らかな三白眼であったりとか、それ以外には、目がつりあがっていたり、観骨が突き出ているなど、人相的な着眼点も重要になる。さらには、目が血走ってないか、顔や耳が紅潮してないか、汗をたくさんかいてないか、呼吸が荒くないか、こういう身体的な着眼点も重要になるが、きりがないのでこのへんにしておく。
総合的な着眼点から、違和感を感じる者がそばにいたら、私は避けるようにしている。これは電車に限らず、人の集まるところではすべてにおいて、こういう習慣を持っている。これらの観察法は、私の職務質問の実践経験プラス人相学の鑑定経験プラス心理学をまとめた人間観察学だが、真剣に着眼点を学び、経験を積めば、誰でもできるようになる。そもそも、電車で混み合う中、気を抜いてボーっと立っているとき、隣にいた奴が突然刺してきたら、気づく前にやられる可能性が高いだろう。最初からおかしい奴を察知して避けていたら、巻きこまれずに済む。いざというとき、立ち向かうとか、逃げるとかよりも、事前に回避するほうが、優先すべき選択肢ではないだろうか。
- May 26 Mon 2014 09:23
雨傘VS刃物
今天想談談用雨傘對抗刀具的經驗。想用雨傘,第一個想到的是硬度。在怎麼堅硬的雨傘,也不足以稱得上是一把武器,用兩手打對方的頸部、手臂等部位,對方挺多覺得痛,很難造成巨大的傷害。此外,用雨傘打人只會激怒對方,引誘對方來刺殺你而已。單手拿傘打人的效果就更不用說了。所以要打倒持刀歹徒,兩手拿著傘並確定傘的強度之外,還要瞄準對方的胸部、腹部等部位用力刺擊。把傘打開旋轉是千萬不能做,把打開的傘指向對方只是讓對方有搶走雨傘的機會。還有用傘柄去勾對方手腳的技巧看似護身術,但對方一旦手腳被勾住了,一定會想辦法抵抗並抓住雨傘,而傘被抓住了的我們只有被刺的份了,所以絕對不能這麼做。我的結論是希望大家能了解用雨傘對抗刀具的技巧不多,危險性也太高。而且這些從來沒用過雨傘對抗刀具的人憑空想像出來的護身術,只會製造更多悲劇罷了。想用雨傘對抗刀具必須要像我學習過的半棒術一樣,長時間練習確實可用的技巧。沒有修習過任何武器術,單憑護身術裡的雨傘術,現實中遇到狀況時,其實一點作用也沒有。
傘を使って刃物と戦った経験について話したい。傘で戦うには、硬度が求められる。だが、硬い傘であっても、硬さは武器と言うには足りず、相手の首や腕を両手で打っても、痛いだけでダメージを与えるとは言えない。打ってるだけだと、相手を怒らせるだけで、突っ込んできて滅多刺しにされるだけだ。とくに、片手打ちは、威力がさらになくなり論外である。刃物を持った相手を倒すには、両手で持って傘の強度を保持しつつ、威力のある突きを胸や腹に向けて行う必要がある。 絶対にやってはいけないことは、傘を開いてくるくる回したり、開いた傘を相手に向けて出したりすること、あれは傘をつかまれるうえに、傘で攻撃できなくなるだけだ。また、傘の柄でかっこよく相手の手足をひっかけて倒す技は護身術にみられるが、ひっかけられたら、相手は当然傘をつかんで抵抗する。傘をつかまれてこちらが何もできないまま刺されるだけなので、絶対にやってはいけない。結論として、傘で刃物と戦える技は多くなく、極めて危険性が高いことを理解する必要がある。また、刃物と傘で戦った経験のない者が、想像で作った対刃物の護身技は、悲劇を生むだけである。 傘で戦えるようにするには、私がやっているような半棒術のように、きちんと術技立てられた武器を長く修業し、その応用で傘を使うという形でなくてはいけない。何も武器を修行してないのに、護身術で傘術習いましたという程度では、いざ実戦では、まったく意味をなさないことも付け加えておく。
- May 25 Sun 2014 20:13
刃物VS警棒
我想從我對付刀具的經驗來說一下能夠對抗刀具的武器,這次先講警棍。警棍能否對抗刀具?老實說很微妙。 第一,用單手拿警棍去打對方拿刀的手或手臂,不見得能讓對方鬆手。尤其是正處於興奮狀態的人,就算手骨骨折了,也可能把刀拿得緊緊的。所以打對方的手臂或手的時候,應該要能改變對方刀具攻擊軌道才行。 第二,準備動作。絕對不能像電影裡面一樣亂揮,因為不但無法在最短距離之內打到對方,應對速度也會變慢。此外,亂揮只會造成自己疲累不堪,一點也無法讓對方感受到威脅。可行的是警棍尖端向上的中段準備動作,或是握住警棍的手擺在耳朵旁邊往上舉的準備動作,絕對不能做出警棍朝向對方的中段準備動作,因為從這個準備動作出擊時必須有一個先行動作,在先行動作當中就可能被對方刺中。中段準備動作雖然有可以在最短距離之內打中對方的優點,相對地也可能被對方看穿,警棍反而有被奪走的風險,所以需要相當的訓練。往上舉的準備動作不但對方很難看穿兩人之間的距離,而且威力很大,但是缺點是打擊距離稍長。 第三,攻擊方法。警察用的警棍如果不解開鎖扣是不會縮短的,但是市面上販售的伸縮型警棍,用力、長時間刺擊時可能會縮短,所以無法長時間刺著對方。兩手拿著警棍刺向對方的腹部或胸部之後,馬上把手縮回來,觀看對方的反應。用兩手拿著警棍的刺擊,其威力頗大,一擊就可能打倒對方,所以刺擊的練習應該擺在優先順位。相反地,無法一擊打倒對方,則會提高被對方傷害、殺死的可能性。 就武器整體來說,不是持有警棍就只能用警棍攻擊。例如用警棍改變對方攻擊的軌道、踢下體等之後再來壓制對方,所以練習時不要只想著用警棍對抗。 雖然我介紹了我本身的實戰經驗,但是台灣一般人無法持有警棍,所以從遵守法規的觀點來看,我並不建議大家持有。 往後我會再跟大家介紹我曾經在實戰中用來對抗刀具的武器或工具,希望提供給讓對抗刀具有興趣的人參考。
少しづつ、対刃物を想定した武器について、私の刃物と戦った経験から話を書き記していくことにした。今回は警棒だ。警棒は、刃物に対して、有効かというと、正直微妙な立ち位置にいる。まず、刃物を持った手や腕を片手打ちで打っても、刃物を落とすとは限らない。興奮状態の人間は、腕の骨が折れても、刃物を落とさなかった奴もいた。そのため、相手の腕や手を打つときは、刃物による攻撃の軌道を変えるために叩くという考えで使う必要がある。 次に、構え方だ。映画のように、振りまわしてはいけない。振りまわすと、最短で打つことができず、対応が遅くなるからだ。また、振りまわすと、無駄に疲れるだけで、相手に威圧感を与えるわけではない。警棒の先が天井を向く形で中段に構えるか、警棒を持った握りこぶしが、自分の耳のところにくるように、振りかぶった構えがいい。相手に突きつけるような中段構えはやってはいけない。その構えでは、起こりがないと打てないため、打つ準備動作中にに刺されてしまうからだ。中段構えは、最短距離で打てる利点があるが、間合いを見切られるおそれがあることと、警棒を奪われる危険があるため、それを想定した訓練をかなりやる必要がある。振りかぶった構えは、相手との間合いが読まれづらく、また威力が強い利点があるが、打つ距離が長いという弱点もある。 次に攻撃方法だ。警察の警棒は、ロックを外さないと縮まないが、市販されている伸縮式警棒は、強く長く突くと、縮んでしまう可能性があるので、突き技は、長く押し込むように突いてはいけない。両手で相手の腹や胸を突いたらすぐに手を引き戻し、相手の反応に備える。警棒による両手突きは、威力があり、一撃で相手を倒す期待が持てる攻撃なので、突き技を優先する必要がある。逆に言うと、一撃で倒せない攻撃は、殺される可能性が高くなるということを理解してもらいたい。 また、武器全般に言えることだが、警棒を持っているからといって、警棒だけで攻撃する必要はない。警棒で打って相手の攻撃の軌道を変えたら、金玉を蹴ったり等もしてから制圧したこともあるので、警棒だけで戦うと思わないで練習を積むことだ。 だが、台湾は警棒を持つことは法に触れるので、法令順守の観点から、常備しないことをお勧めする。実戦の経験は話したが、持つことは勧めないので、誤解はしないでほしい。 これから、いろんな武器や道具を使って刃物と戦った経験的な総括をしていくので、対刃物に関心のある人の参考にしていただければと思う。
- May 24 Sat 2014 18:53
5月17日練習影片
- May 24 Sat 2014 18:51
指導方法
我從很多老師那裏學了指導方法,其中也有以體罰為主,常常拳打腳踢的老師,讓我想起學生時代每天上課時都很害怕畏懼。很多學生將來成為指導者後,也很容易和他的老師一樣以體罰、打罵為主來教學。
警察武道基本上有很多體罰和不合理的訓練,我在學生時代已經受過很多體罰了,當上警察還是遇到一樣的情況,每天都有很重的無力感。但是我也遇過不使用暴力,也不感情用事,真摯地指導學生的武道老師,所以我的指導方法並沒有承襲了拳打腳踢的惡習。
和值得尊敬的老師那裏學習的經驗相比,我不太喜歡體罰的指導方式,也不認為這有助於心靈的磨練。從我本身的經驗來看,武道路上要鍛鍊身心,特別是修心,其實並不需要體罰或打罵吧。
指導方法については、多くの先生から学んだ。体罰中心で暴力をふるう先生もいた。すぐに殴るし怒鳴るので、学生時代のころは、怖くて日々萎縮しながら稽古をしていたことを思い出す。こういう先生からしか習わないと、学んだ学生が指導者になったとき、同様に体罰や罵声中心の指導を繰り返すケースが多くなる。警察武道は、基本的に体罰とシゴキが多かったので、学生のときに散々体罰で指導を受けたのに、警察官になってもまたこれかよと、うんざりしながらしごかれた日々を思い出す。だが、暴力など一切振るわず、感情的にならずに、真摯に指導してくれる先生からも武道を学んだので、体罰中心の指導という悪習を引き継ぐことはなかった。尊敬できる先生から学んだ経験と比較しても、体罰中心の指導は、あまりいい感情は持てないし、心を鍛えるのにいい影響があったとは到底思えない。その経験から思うに、武道で心身、特に心を鍛えるために、体